人への「貸し」は資産

お金

去年のクリスマスに友人から突然プレゼントが送られてきた。某外資系化粧品メーカーがクリスマスギフト用に発売したスキンケアセットだ。価格を調べたら5000円位する。「え、なんで???」と思った。怖かった。

この友人とは20代前半に職場で知り合い、20代〜30代はとても仲良くしていたが、30代後半で友人が結婚したのを機に、会う機会が殆どなくなっていた。

去年の12月に約10年ぶり連絡し、ランチした。ランチは割り勘。ランチの後に行ったカフェでは、私から誘ってのランチなので、コーヒー代は私が払った。プレゼントが届いたのは、それから1週間後くらいだった。

「これは何のプレゼントだろう?」と混乱しつつ、すぐSNSでお礼を言い、「これはクリスマスプレゼント?」と聞いたら、「そう」とのこと。今まで、この友人からクリスマスプレゼントをもらったことが無かったので嬉しいというより違和感でいっぱいになった。とにかく、貰いっぱなしでいることが嫌だったので、新年に同じくらいの金額のプレゼントを贈った。これで借りはないと、気分がスッキリした。

不意の突然のギブに驚いてしまった。何かを貰うと、相手は何かを期待しているようで、身構えてしまう。プレゼントやお金であれば、どのくらいのお返しをすればよいかわかりやすい。これが、手間や時間など金額に換算できないものだと、どのくらいのお返しが均衡するのか読みにくくお返しが難しい。こちらが思っている以上に手間や時間がかかっているかもしれない。お返しが少ないと、相手は自分のしたことが正当に評価されていないと思い、怒るかもしれない。お返しする機会がなく、ずっと借りを作ったままだと、いつまでも返せない借金を抱えているようで気持ち悪い。だったら、受け取らない方がいいと思う。

そのため、人から手を差し伸べられても、「大丈夫」と反射的に断ってしまい、後から大変でやはり手伝って貰えばよかったと後悔することも多い。奢られるのも苦手なので、すぐ割り勘を申し出る。そうやって、人に借りを作らないようにしていると、段々と孤立して、社会とのつながりが少なくなってゆく。

社会と繋がっていたいが、借りは作りたくない。借りを作らずに社会と繋がっておくには、貸しを作っておくことだと思う。自分から相手に時間や手間、物品など与えることだ。お金を貸すことは「貸し」にはならない。貸すと同時に、返すことを約束しているから、返済していなくても、対等な関係になる。お金をあげたり、奢ったり、何かを一方的にプレゼントしたら、「貸し」になる。

先に与えて、貸しを作っておくことのメリットは、どのくらいで返せば良いか考えなくて済むことだ。自分ではこれくらいと思っていても、相手にとってみたら足りないかもしれない。貸している方は、何も考えず、どんな風に返ってくるのか見ていればいい。思ったほど返って来なければ、相手に対しがっかりするかもしれないが、自分が相手を評価、判断する側でいられる。これ以上、親しくなりたくないと思ったら、貸した分を諦めて、連絡を取らなければいい。借りてる側でも、そうすることはできるが、相手の怒りに触れるかもしれないので怖い。

恐怖感もなく、お返しを考える必要もなく、客観的に相手を観察できるので、「貸し」を作っておくのはとても良いことだと思う。いつか自分が困った時に、貸しがある人にはヘルプを頼みやすい。「貸し」は文字通り資産だと思う。「貸し」という資産は、作れるうちに沢山作っておいた方がいい。

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