Somebody to love

幸せ

最近誰かを「愛したい」と思うようになった。ちょっと前までは、「愛されたい」という気持ちの方が強かった。今までの人生を振り返ってみると、「私はこの人にとても愛されてる」と感じた時より、「私はこの人をとても愛してる」と感じた時の方が幸せだったことに気づいた。

「愛されてる」と感じると、同時に、いつまで愛し続けてもらえるだろうかという不安も感じる。「愛してる」と感じる時は、そういった不安がない。「愛したい」という欲求は、自分一人で満たすことができるが、「愛されたい」という欲求は自分一人では満たすことができない。

「愛したい」と思うようになってから、不安がなくなった。「愛されたい」と思っていたときは、歳をとって、容姿が衰え、女性として魅力がなくなったら自分のことなど誰も愛してくれないと思い、歳を重ねることが不安で仕方なかった。

今は自分が他人からどうみられるかよりも、他人がどういう人かに興味がある。愛したいと思えるかどうかを知りたい。

人を愛することは、ペットへの愛情と近いなと思う。以前ペットを飼っていた時、私はいつもペットが幸せか、快適か、心配していた。私はペットに好かれてるかどうかはどうでもよかった。自分のこと以外にも幸せにしたい対象がいることは、毎日を豊かにしてくれた。

次はどんな人を愛するのだろう。生きている間にあと何人くらい愛するだろうか?残りの人生、常に誰かに愛情を注ぎ続けていられたら、自分がこの世から去る時、豊かな晩年だったなと思える気がする。

コメント

  1. Y より:

    ペットの話、とてもその通りだと思います。動物を飼った経験がある人こそ、本当に対価を望まない愛ができる人と思います。このように思わせてくれた人、一緒忘れる事できないです。愛してくれて感謝の気持ちしかありません。親の気持ちとは違うものなんですかね。いつか自分もこのような愛をして見たいです。

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