美容外科自伝

健康

フィクションです。

美容外科を志した理由

高校時代から医者になるため勉強に励んだ。勉強ばかり集中して、実際に医者になった後の生活や気持ちは、想像したことがなかった。

医者になり、初期臨床研修で入った大学病院では多くの重病患者に出会った。彼らは私からの検査結果説明に一喜一憂した。結果が深刻な時でも、希望が持てるように言葉を選んで話した。ただ、彼らの安心した顔を見ると、騙したような気持ちになった。患者の死を目の前にすると、悲しみと病気の恐ろしさを感じた。その感情は帰宅後ベッドに入っても続くことがあった。研修が終わったら、病気や死とは縁遠い美容外科に進もうと思った。

美容外科に進むには、研修後すぐ美容クリニックに就職という道もあるが、いきなり即戦力になって人の顔を切ったり縫ったりするのは怖い。きちんと顔の構造を学ぶために、形成外科専門医を取ろうと思った。将来プチ整形や美容皮膚科しかやらないとしても、顔の構造を知らないと怖い。それに、美容クリニックへの就職はいつでも挑戦できるが、形成外科専門医を取るなら早い方が良い。

形成外科専門医の研修

形成外科の研修では、まず先輩の手術を何度か見学した後、助手として縫合などを手伝った。初めての縫合は、不思議な感覚だった。布は塗ったことはあるが、皮膚は布よりも切れやすく伸びやすい。ピンと張りながらも、伸ばさないよう、1箇所もシワがよらないよう、平に縫うことに専念した。初めて顔の皮膚を切った時は今までないほど精神を集中させた。傷がなく綺麗な皮膚に、メスを入れたらもう戻れない。傷は必至だ。後で縫合しやすいようまっすぐに、スーッと切った。やり直しはできないので、一発で成功させなくてはならい。美容外科は手先の器用さが重要だ。一般的に女性の方が器用なのに、男性の方が、切ることを怖がらない。

縫合や切開に慣れた頃、次第にSMASを剥がしたり、リガメントを切るといった、難易度の高い執刀もするようになった。間違得そうになったら指導医が止めに入れるように、ゆっくりと、指先のちょっとしたニュアンスで次に私が行こうとしている方向を示しながら進めた。

全身麻酔中の患者は生きていないように見える。どこをどう切っても反応しない。高い効果を求めて、もっと剥離できるかもしれないが、これ以上は危ないぞというところが執刀中はわからない。ガードレールみたいなものはなく、ギリギリまで行っても音も感触も何も変わらない。危険ゾーンに入ってしまったかどうかは、患者が目を覚ました後に、後遺症や機能障害が起きてわかる。

初めて、最初から最後までフェイスリフトの執刀したのは、ある日突然のことだった。事前に、私がやると決まっていたわけではなく、指導医が「ここまで」と言うまで、私が進めることになっていた。執刀中一度もストップがかからず、「ここも私が?」と思いながら進み、最後まで行った。初回の手術は無事終えることができた。私的には改善点はまだまだあるが、トラブルが起きなかったのでよかった。

2回、3回とやるうちに、緊張しなくなってきた。次第に手が勝手に動いて手術できるようになった。ミスはないとは言えないが、大きなトラブルなく相当数の手術を成功させた。

後輩指導

やがて私も後輩を指導する立場になった。大学病院での手術はチームプレイだ。執刀者、指導医、助手、麻酔科医、看護師がチームとなって行う。チームなので心強いが、成果も私個人のものにはならない。一般の美容クリニックのように、執刀医の名前付きで症例がHPに上がることもなければ、私に指名が入ることもない。

患者がどんなに手術結果に満足しても、リピートはない。患者は通常、美容外科手術を受けたことは秘密にしている。知人を紹介することもない。達成感を感じるのは、上司に褒められた時や、昇進した時だ。

長く勤めていると、技術はあるのに認められない、相応に評価されてないと感じてしまうこともある。達成感や承認欲求を欲して、学会で発表するとか、一般の美容クリニックへの転職を考えたことはある。ただ、学会発表は大変なプレッシャーだし、他の医師に私の経験を共有するメリットも特にない。一般の美容外科に転職したとしても、形成外科専門医を取っていない医師が私の先輩になるのは何となく受け入れ難い。一般のクリニックでは、手術の上手下手よりも、営業やYoutubeでのトーク能力の方が重要になるかもしれない。私はそういうのは苦手だし、そこを磨く努力もしたくない。

一般美容クリニックへの転職

大学病院の形成外科に数年勤務後、かつて私が指導してきた後輩の一人が開業した。その後輩から、一緒に働いてくれないかと誘われた。誘われたことが、私の手術の実力を認められているようでとても嬉しかった。

自分の成功症例をHPやSNSで発信できるので、やりがいもありそうだ。美容クリニックの経営についても自分で経営するかどうか決断する前に色々見て学べそうだ。ワクワクしたので行ってみることにした。

転職後、私のプロフィールがHPに掲載された。プロフィールを見て、カウンセリングの予約が入った。症例がないせいか、指名はなかなか入らない。指名が入らない間は、他のドクターの手術の手伝いをした。他のドクターも皆、形成外科専門医を持っており、それなりの経験もあったので、彼らから素直に学ぶ気持ちにもなれた。

私も早く症例をHPにあげて指名が取れるようになりたい。そのためには著好例のモニターを獲得したい。ビフォーアフターの差がはっきり出そうな人だ。モニターは効果を出すため、ちょっと攻めた手術をしたくなる。モニターでない患者は効果より安全優先になる。

大学病院では、フェイスリフト、骨切り、鼻、眼瞼下垂などを多く経験したが、脂肪吸引と脂肪注入、糸リフト、バッカルファット除去はやらなかった。フィラーなどのプチ整形も多くなかった。経験の乏しい手術をするのは正直怖いので、カウンセリングでは自分が得意とする手術をお勧めしているが、患者が望んだ場合は受けている。不得手の手術は、他の医師を指名して貰った方が結果は良さそうだが、患者には言えない。自分の経験のためにも受けている。

事故への備え

一般の美容クリニックでの手術は麻酔医がいない。大学病院では麻酔医が行うが、一般クリニックでは麻酔医を雇うと手術代が上がり価格競争で負けてしまうので、ナースが麻酔を担当する。異変があれば執刀医である私が気道確保などの対応もしなくてはならない。それが顔の皮膚を切断中だろうと、剥離中だろうと中断して、命優先だ。もしそんなことになれば、命は助かっても容姿は相当よくないものとなるだろう。大学病院で麻酔医や他の医師がいる状態であれば、命確保の対応は他の医師が担当し、その間に顔を急いで縫合するなど必要最低限の処置を施してから手術を中断できる。麻酔事故が起きる確率は大変低いが、ゼロではない。ゼロ前提でやっている個人クリニックは大変多い。

神経麻痺や機能障害などの後遺症が起きてしまうこともある。後遺症のある患者はまず執刀医に相談する。大学病院では他の課や医師を紹介できるが、個人クリニックでは紹介先がないので執刀医が受け止めるしかない。後遺症をなくす手術や治療はないので、患者が後遺症を受け入れるのを待つだけだ。執刀医の謝罪は患者のやりきれない怒りをおさめるだろう。ただ、謝罪はミスを認めたことになるので、容易にはできない。ミスが起る確率は一定の経験を踏んだ形成外科専門医であればそれほど変わらないが、経験の少ない医師や、研修等で指導を受けていない医師では、確率が上がるだろう。

命や機能に関わる事故に比べれば、変化が少なすぎる、患部の感覚が少し鈍い、耳たぶの形が変わった、傷跡が残ったといった不満は、とても小さく感じる。患者にとっては気になることだが、内心はこの程度で済んで良かったと安心している。

カウンセリング

ほとんどの患者は美人でも醜くもない。顔面偏差値でいうと50前後の「普通」レベルだ。術後、芸能人やインフルエンサーのような美人になる人はごく少数で、ほとんどの患者は、顔の欠点をいくつか治しても、「10人並」のままだ。

カウンセリングでは、まず患者が気にしている場所を聞く。完璧な顔に1箇所だけ完璧でないところがあるなら聞かなくても見ればわかるが、普通の人は完璧でないところがいくつもある。どこを一番気にしているのかは本人に聞かないとわからない。

好みも人によって色々ある。好みが異なる患者はやりづらい。自分が美しいと思わない方向への手術はストレスを感じる。術中の様々な判断で最終的には自然に私の好みに寄ってしまう。私と好みが同じ患者は、私に任せてくれれば良いが、好みが違う場合は写真を沢山持ってきて欲しい。

支店の院長

クリニックには週に5日出勤した。どんどんお金が貯まった。口座残高を見ながら、このまま放置して良いだろうかとなんとなく不安になる。外貨や株などに分散した方が良いとは言うが、調べるのが面倒だ。お金の使い道として、自分でも開院したらいくらかかるのかと考えてみたことはある。開院すれば、自分の好みの内装、立地、営業時間で運営できる。より自由度の高い生活が送れるかもしれない。一方、仕入れ、人材採用、経理、集客など、全て自分で見ていくのは相当なエネルギーがいるし、何か思わぬところでトラブルに遭ったら、自由がむしろ減るかもしれない。

そんなことを考えていた時、元後輩の総院長から、大阪に新クリニックを開院するから院長をやってみないかと言われた。ワクワクした。いきなり自分で独立開業するより、雇われ院長をやってみようと思った。

院長になっただけで、私の指名が急増した。院長という肩書きが、私の信頼度をアップさせている。指名が増えたことで、カウンセリングや手術の機会も増え、スキルも上がった。私が執刀した症例もどんどんネットにアップできた。症例が増えると、さらに指名が増える。患者は良いクリニックではなく、良いドクターを探している。今私が他院に移っても多くの人が私を探して来るのではと思う。

今なら自分で独立開業しても患者は十分獲得できそうだと感じた。他のドクターがいなくても回していけそうと感じた。今の勤務環境に不満はないが、どんどん増える口座残高が、私にお金を使えと言っているように感じた。

独立開業

とうとう自分で独立してクリニックを開業する決心をした。執刀医は自分だけで、ナース二人、受付を二人雇用した。いずれは、医師も雇いたい。今医師を雇っても、十分な患者が獲得できるかわからないし、運営が未整備なので、十分なケアができず、放置してしまうだろう。

万が一何か事故があったとき、他にも医師がいると心強い。ただ、万が一の事故は、今まで起きたことがないので、自分の手術では起きないのではと感じてしまっている。麻酔医を置かないことも、大学病院にいたときは考えられなかったが、今では当たり前のように感じている。

想像していたが、開業すると手術以外でやることがとても多い。経理や法務、カウンセリングから予約、手術、アフターケアまでの回し方なども考えなくてはならない。開業してから手術をする時間がなくなり、件数が減っている。

ある程度運営が整ってきたら、手術については安心して任せられる医師に来てもらいたい。募集広告を出しても、こんな小さなクリニックに腕のいいドクターが応募してくるとは思えない。大学病院時代、人当たりも良く、手術の上手かったあの先輩に来てもらいたい。大学病院時代の後輩が独立開業後に、私を誘った時もこんな気持で私を選んだのかと思うと嬉しい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました