先日、幼馴染のお父様のお葬式で、アキちゃんに再会した。アキちゃんは、私にとって、長い間、会いたくない人だった。もう2度と話すことはないと思っていた。それが、こんな形であっさり再会し、まるで何事もなかったかのように会話する日が来るとは思ってもなかった。
アキちゃんは私の小学校時代の親友だ。アキちゃんとは、小学校入ってすぐ仲良くなり、毎日一緒にいた。担任の先生もクラスメイトも公認の親友同士だった。
ところが、小学6年生だったある日、アキちゃんが急に私を避け始めた。
いつものように、小学校からアキちゃんと一緒に帰ろうとした時、私の目の前で、アキちゃんは他の女の子を誘って、帰ってしまった。翌日も、その翌日も、アキちゃんは他の女の子と帰った。私に、声をかけられるのを避けるかのように、終業のチャイムが鳴ると素早く他の女の子を誘って帰って行った。
一緒に帰らなくなっただけでなく、アキちゃんから私に話しかけてくることがなくなった。でも私から話しかければ、普通に応えてくれる。
私は毎日アキちゃんの態度に一喜一憂した。アキちゃんに嫌われてると思ったり、やっぱり気のせいだと思ったり、この繰り返しで、混乱した。
側から見ると、私とアキちゃんの関係は何も変わっていないように見えただろう。喧嘩したり、無視されたり、意地悪されたりもないので、誰かにアキちゃんの悪口を言うこともできず、この違和感を的確に表現する語彙力も小学生の私にはなく、誰にも相談できなかった。
アキちゃんと私はもはや親友ではなく、単なるクラスメイトとして、残りの小学校生活を過ごした。
中学校に入学後、私はバレーボール部に入った。姉も中学時代にバレーボール部で楽しそうだったからだ。偶然にも、アキちゃんもバレーボール部に入った。
部活で再びアキちゃんと一緒にいる時間が長くなった。部活の後は、部員みんなで一緒にファストフード店や、誰かの家に行って、おしゃべりした。でも、アキちゃんと2人になることはなかった。
そのうち、部員の中でグループができ始めた。一番派手で目立つグループと、二番目、その他といった感じだ。アキちゃんは一番目立つグループで、私は一番目と二番目の間でどっちに所属してるのか曖昧なポジションにいた。
ある日、一番派手なグループは、自分たちのグループに「ピラニア」という名前をつけた。名前はグループ内で相談して決めたのだろうが、私はこの相談に参加していない。私の知らないところで決められていた。恐らく私はピラニアの一員とは認められていなかったのだろう。それでも、ピラニアのメンバーとは一緒に旅行したり、親しくしていたので、時々私はピラニアの一員なのだろうか?と迷うこともあった。
「ピラニア」は集団で動物や人間をも食べる怖い魚だ。彼女達は、畏敬の存在になりたくてこの名前を選んだのだろう。「ピラニア」という名前の通り、彼女達の派手さは、ヤンキーな方向へと進んでいった。茶色くしたロングヘアに濃い化粧をし、セーラー服のスカートを足首まで長くし、学生鞄は何も入らないほどぺったんこだった。誰が見てもヤンキーだ。さらに、彼女達はタバコも吸っていた。
一方、私はセーラー服のスカートは短い方が可愛いと思っていたし、タバコも吸わず、学生鞄は教科書や筆箱を入れて普通に膨らんでいた。ピラニア達とはおしゃれのセンスが全く違った。
ある放課後、人気のない教室にピラニア達が集まって、真剣な顔で話し合いをしていた。私はこの話し合いに誘われておらず、輪に入りにくい雰囲気を感じたので、少し離れたところから、会話だけ聞いていた。すると、誰かが「生意気」「締める」と言っているのが聞こえた。
「生意気」と言われていたのは、同じ学年の桃ちゃんだった。桃ちゃんは、服装が派手で目立っていた。「締める」とは、ヤンキーの間では「暴力や言動で脅して、行動を制限する」ことを意味する。桃ちゃんは、ピラニアに絞められるのかもしれない、と思った。その数日後、派手だった桃ちゃんの服装や髪型が、すっかり地味になり、目は悲しみに満ちて、大人しくなった。桃ちゃんは、ピラニアに絞められたのだ、と思った。
別の日の放課後、再び教室にピラニア達が集まって、今度は隣の中学の目立つグループとの喧嘩の計画を立てていた。喧嘩に参加したら怪我をしそうで怖いと思った。関わりたくなかったので、私は気づかれないように、そっとその場を去った。
ピラニア達は、目立つ子やグループを絞めることで、自分達の力を誇示し、自己顕示欲を満たそうとしていた。誰でも自己顕示欲は少なからずある。でも私はそういう方向で満たしたいとは思わなかった。私はもうピラニア達にはついていけないと思った。
そんなある日、私はピラニアメンバーの1人から、「ピラニアに入っていいよ」と言われた。理由は、ピラニアからメンバーが1人が抜けるので欠員補充だという。
「ピラニアに入っていいよ」と言われて、私は自分が今までピラニアではなかったことをはっきりと知った。それと同時に、「入っていいよ」と言われたことで、認められた気分にもなった。この感情は、初めて会社で昇進して役職がついた時と同じだ。
ただ、私に「ピラニアに入っていいよ」と言った女子は、ピラニアでは中心的存在ではなかった。ピラニアの中心的存在はアキちゃんだった。「ピラニアに入っていいよ」と、アキちゃんからは言われてないので、私は相変わらず自分が本当にピラニアなのかわからずにいた。
たとえ、ピラニアに入ったのだとしても、誰かを絞めたり、他校と喧嘩したりすることには参加したくなかったので、私は少しずつピラニアから距離を取るようになった。そして、自分とファッションの好みが近い女の子たちに近づいて仲良くなり、そちらのグループに所属するようになった。ピラニアからは特に何も言われなかった。私がヤンキーにならないことは、ピラニア達もわかっていたのだろう。
中学卒業後、私とアキちゃんは別々の高校に進学し、会うことも、連絡を取ることも一切なくなった。誰かから、アキちゃんは高校入学後、すぐ退学したと聞いた。理由は妊娠だ。相手は中学時代の同級生で、私も知っている人だ。10代半ばで子供を産む決断は、私には到底できない。アキちゃんと私は、そもそも合わなかったのだと思う。ただ、それは、アキちゃんが小学校6年生の時、急に私を避けるようになった理由にはならない。
アキちゃんが私を避けるようになった理由は今でもわからない。私はアキちゃんに嫌われるようなことをしたのか、傷つけたのか、怒らせたのか、仮説はいくらでも思いつくが、正解がわからない。理由がわかれば、私はそれを正したり、気をつけたりできるのに。
私はアキちゃん以外の女の子と仲良くなっても、アキちゃんと同じことが起きるかもしれないと、慎重になった。私の言動や態度が相手を不快にしていないか、顔色を窺うようになった。もう無邪気に遊ぶ子供ではなくなった。
その癖は、中学生になっても、高校生になっても、大人になっても、未だに残っている。もし、アキちゃんが私を急に避けることなく、自然に疎遠になっていたり、今でも仲良かったとしたら、私は女友達と話す時こんなに緊張する癖がつかなかったと思う。
そのアキちゃんに、先日、数十年ぶりに、幼馴染のお父様のお葬式で会った。幼馴染に「アキちゃんも来てるよ」と言われて引き合わされた時、お互いあまりの変貌ぶりにびっくりした。黒く短いショートヘアのアキちゃんに、かつてのヤンキーの面影は全くなかった。中学生の頃とはぜんぜん雰囲気が異なるので、これでは近所ですれ違ってもわからない。私も中学生の頃とは大分見た目が変わったのだろう。お互い「本当?」と何度も聞いてしまった。
私とアキちゃんは過去に何事もなかったかのように、しばらく雑談した。アキちゃんは今、訪問介護ヘルパーの仕事をしているとのことだった。そのためか、お葬式会場で高齢者を見つけると、さっと近づいて歩くのを支えたり、タクシーに乗るのを助けていた。今日初めてアキちゃんを知った人は、アキちゃんはいい人だという印象を持つに違いない。でも私はピラニアだった頃のアキちゃんを知っているので警戒していた。これをきっかけにまた仲良くなりたいとは思わなかった。むしろそうならないようにした。だから、アキちゃんに「今仕事は何してるの?」と聞かれても、「今は母の介護が忙しくて」とだけ答え、仕事をしているのか、してないのか曖昧にして、距離を取った。アキちゃんも察したのか、それ以上深く聞いて来なかった。
そして、葬儀が終わり、アキちゃんや、近所の人たちと、一緒に帰った。普段合わない顔ぶれで、みんな何を話したらいいのか会話に迷っていると、アキちゃんが率先して、「この暑いのにエアコンが壊れちゃってさ〜」や「最近ヨガやってるんだ」と、率先して会話を提供してくる。会話のトピックは、誰もが参加でき、不快にならない完璧なものだった。会話が途切れると、皆またアキちゃんが新しい会話を提供してくるのを待って、アキちゃん中心に会話が進んでいた。それを見て、アキちゃんはこんなにコミュニケーション能力が高く、他人を気遣い、リーダシップがある人だったのかと思った。そんなアキちゃんから見たら、私は物足りなくて、離れていったのかな、と、また一つ仮説が増えた。今更、目の前にいるアキちゃんに小学校6年の時、なぜ私を急に避けるようになったのかと、聞くわけにはいかない。
私はアキちゃんと再会した時、驚きながらも、アキちゃんの声のトーンや顔の表情を注意深く観察した。その中に、アキちゃんが私を避けるようになったヒントがあるかもしれないと思ったのだ。アキちんが私に会って気まずそうな雰囲気を出せば、アキちゃんは私を避けた自覚があり、それを今でも覚えているということは当時のアキちゃんにとっても大きな決断だったんだなとわかる。
でも、アキちゃんの私に対する態度は、まるで過去に何事もなかったかのようにフレンドリーで、ヒントは得られなかった。
そして、私の家とアキちゃんの家の分かれ道に差し掛かった時に、「じゃあね」と言って、連絡先も交換せずに別れた。アキちゃんが私を避けるようになった理由は、きっと、このまま一生わからないだろう。そして、私が女友達と話す時に、顔色を窺って緊張する癖もこのまま一生抜けないのだろう。


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