私の眼瞼下垂発症から治るまでの9年間、計5回にわたる手術をまとめてみた。
9年間の遍歴
| 40歳:眼瞼下垂に気づく |
| 42歳:1回目の眼瞼下垂手術(両目、F医師) |
| 42歳:2回目の眼瞼下垂手術(右目のみ、F医師) |
| 44歳:瞼脂肪注入1次(I医師) |
| 44歳:瞼脂肪注入2次(I医師) |
| 50歳:3回目の眼瞼下垂手術(右目のみ、O医師) |
眼瞼下垂に気づいたきっかけ
右目の形がおかしいと気づいたのは、会社の人達と行った旅行の写真を見たときだった。どの写真も私だけ楽しくなさそう。顔が暗い。よく見ると右目が死んでる。右目が左目の半分位しか開いておらず、眠そうで、顔の右と左で表情が全く違う。右目がこんなことになっているとは、毎日鏡を見ていても気づかなかった。
ふと、その時どこかで読んだ「眼瞼下垂」という病気を思い出した。
クリニックに行ったらやはり眼瞼下垂だと言われた。治療は手術のみとのことだった。最初に行ったクリニックが眼科だったか、美容外科だったは覚えていない。ただ、顔のことなので、手術は美容外科でやろうと思った。眼科だと機能回復重視で、整容面は重視してくれないと思った。
2年にわたる情報収集
そこから美容外科巡りが始まった。当時は今ほどSNSも普及しておらず、オープンに体験談を出す人もいなかったので情報源は専ら書籍とクリニックのHPとカウンセリングだった。カウンセリングは10軒以上行った。全て形成外科出身でJAAM(日本美容医療協会)の認定医。書籍も一般向けから、医師向けの教本まで沢山読んだ。
そこで眼瞼下垂の手術は信州大学が進んでいるということを知った。信州大学は遠いのでそこまで行くことは断念したが、信州大学形成外科出身で、眼瞼下垂について医科向けの記事の執筆にも参加していたF医師が神奈川県で開業していることを知り、そこで受けることにした。ホームページでも眼瞼下垂を訴求していた。
眼瞼下垂だと気づいてから手術するクリニックを決めるまでに2年もかかった。
1回目の眼瞼下垂手術
F医師には、眼瞼下垂を発症する前の写真を見せて、理想は自分の元の目だと伝えた。F医師は右目だけ手術すると今度は左目が開きづらくなるかもしれないから、両目手術するとのことだった。気に入っている左目を切ることは抵抗があったが、同じことを他のクリニックでも言われていたので承諾した。
手術はあっという間だった。両目で40分位。
翌日、両目とも二重が消えてしまうほど腫れてるのに、右目に今までの二重とは違う場所に新たな線ができていた。嫌な予感がした。
腫れが引いた後もその線は残った。今までの二重の線と、新たな線で三重になり、そこに瞼の皮膚が引っかかり目がよく開かない。F医師に皮膚が柔らかくなるまで3ヶ月間は様子を見ようと言われ待ってみたが変わらない。再びF医師に相談すると、目の開きをよくし三重を消すには再手術が必要で、また手術料金が満額かかると言われた。F医師に対し不審になり、修正手術は他で受けようと思った。
眼瞼下垂の修正手術ができるドクター探しが始まる
今度は眼瞼下垂の他院修正の経験のある医師を探さなければならなかった。今までカウンセリングに行ったクリニックが他院修正をしているか調べ、さらに他のクリニックに他院修正の経験の多いドクターがいないか探した。
このとき、ある美容クリニック院長のブログで、修正の名医と言われているO医師のことを知った。O医師は日本全国のクリニックから紹介された難しい修正ばかりを行っているらしい。
このO医師に修正してもらおうか迷ったが、結局1件目のF医師で受けることにした。理由は、1回目にどういう手術したかわかっているドクターの方が修正しやすいのではないかと考えたからだ。この考えが誤りだったとは、この後気づく。
2回目の眼瞼下垂手術
2回目は右目だけ手術した。術直後から三重は消え、二重に戻った。ただ、目の開きは相変わらず良くならなかった。結局、術前の目に戻っただけだった。2回も手術したのに、眼瞼下垂が治らない。きっと私の眼瞼下垂は特殊でもう治らないのだと思った。眼瞼下垂症の特徴でもある瞼の窪みも改善されず残っていた。
瞼の脂肪注入を勧められる
たくさんカウンセリングを受けた中で、私に瞼の脂肪注入を勧めたクリニックが2軒あった。どちらのドクターも自身ではその手術を行わず、どちらも岐阜県に瞼の脂肪注入が日本一上手い先生がいるのでそこへ行くと良いと、同じクリニックを勧めてきた。調べると、コンデンスリッチファット協会会長で、医師向けの手技マニュアルも出しているI先生だった。
新幹線にのって岐阜までカウンセリングに行ってみた。カウンセリングでI医師は実際に瞼に生理食塩水を入れて何CC入れれば丁度よいか、シミュレーションをしてくれた。カウンセリングでそこまでしてくれることが好印象で受けてみようと思った。
瞼の脂肪注入
瞼の脂肪注入は術後から目が若返り、目の開きまで良くなった。でも脂肪は1~2か月でほとんど吸収されてしまったので、半年後に2次注入した。2次は定着がよく、瞼の窪みはすっかり改善された。
眼瞼下垂の再々手術を勧められる
脂肪注入したI医師が、瞼の窪みは改善されても、眼瞼下垂自体は治ってないから再手術した方が良いと勧めてきた。東京に他院修正が上手いドクターがいると紹介状を書いてくれた。そのドクターは2回目の手術の時に最後まで迷ったO医師だった。
諦めと右目を隠す生活
せっかくO医師を紹介してくれたにも関わらず、私はもう眼瞼下垂手術に何の希望も持てず、むしろ、これ以上挙筋いじって大丈夫だろうかと心配だったのですぐには手術を受ける気がしなかった。
その後6年間、右目は前髪とメガネの縁で隠して過ごした。この間も徐々に眼瞼下垂は進んでいき、右目は眉毛を上げて目を開けようとする癖がついていたため眉毛の位置も上がり、右の額にだけ皺も出ていた。
脂肪注入を受けてから6年後、右目は耐えられないほど開けづらくなっていた。
3回目の眼瞼下垂手術
ようやく再手術する事に決め、O医師の予約をとった。
手術は右目だけなのに1時間位かかった。最初に受けたF医師は両目でわずか40分だったので、全然違うなとびっくりした。
術後にO医師が「これでもかというくらい左目と合わせておいたよ」と言っていた。術後大きなガーゼで右瞼は覆われていたが、術直後から目を開けるのが楽で、額のシワが消え、手術は成功したと確信した。
右目は左目と同じサイズになり、眉毛の位置が左右同じになり、額のシワがなくなり、顔が明るく、若返った。
眼瞼下垂発症から治るまでを振り返って思うこと
O医師の手術を受けてから2年経った。今思うと2回目の手術はO医師を選ぶべきだった。一人目のドクターが手術中ミスがあったのならわかるが、ミスなくいつも通りの手術をして上手くいかなかったということは、そのドクターの手技は私には合わないのだ。再度同じドクターに同じ手術をしてもらっても上手くいくわけがない。
ドクター選びは本当に難しい。ネット上には情報が溢れているが、O医師も、脂肪注入したI医師もSNSやネットにはほとんど出てこない。HPやブログに症例ものってない。なのに予約はすぐ埋まってしまい、かなり先になる。これらのドクターに行き着くには、通常は知人や他のドクターからの紹介しかない。
ただ、これらの2名とも他のドクターのブログで称賛されていたり、学会のプログラムではよく見かける。こういうところから探すのも良いかもしれない。


コメント
はじめまして。
眼瞼下垂修正を考えている者です。記事を読みまして、コメント失礼しております。
医師探しとても参考になりました。
公開誠にありがとうございます。他の記事も楽しく拝読させていただきまして、説得力のある方だなと感じたため、下記お伺いできたらと感じた次第です。
現在修正検討している医師の名字のイニシャルが同じだったため参考にお伺いしたいのですが、3回目の執刀医のo医師の下のお名前のイニシャルはNでしょうか?
もしお時間があるようでしたら、お返事頂戴できましたらとても嬉しいです。
はい、そうです!
参考になりました。