家は人をもてなすためのもの

幸せ

1990年代にアメリカに留学し、初めてアメリカの住宅に行った時は衝撃を受けた。広いウォークインクローゼット、普段は誰も使っていないゲストルーム、パントリー、アイランドキッチン、プレイルーム、共有プールなど、日本の普通の住宅では見られないものが沢山あった。

しかも、高級住宅ではなく、普通の住宅だ。学生同士が家賃を出し合って住んでる家や、大学職員をしている50代独身女性のアパート、父親がアル中で入院し母親がパートで家計を支えているという女子大生の実家、などだ。

間取りにも驚いた。機能別に部屋や収納スペースが分かれていて、料理はキッチン、食事はダイニングルーム、くつろぐのはリビングルーム、寝るのはベッドルーム、ゲストが来たらゲストルームに泊める。服や靴はウォークインクローゼット、食料はパントリー、洗濯物はランドリーに置く。機能別にスペースが分かれていると、次の行動にスッと移ることができ、生活が効率的になり、部屋も散らからなかった。

一方、日本では当時ワンルームマンションが増えており、親元を離れた学生や若い独身の社会人は大抵ワンルームで生活していた。一つの部屋で食事、勉強、休憩、就寝の全てをするのだ。次の行動に移るには一旦全て片付けてから、次の行動に必要なものを出す。ものを仕舞ったり出したりを1日に何回も繰り返す。収納は小さな押し入れ一つに何でも入れて、余分なスペースがないので消耗品の備蓄ができない。そのため頻繁にスーパーに買いに行かなくてはならない。

日本では高級な家でも似たような感じがあった。当時の高額な新築マンションや戸建住宅の間取りは、部屋数は多いのに収納が少なく、ウォークインクローゼットなどはもちろんない。収納し切れないものが色んなところに溢れる。各部屋の用途が特定されてないので色んな部屋に色んなものを置いてしまい、家全体がごちゃごちゃになる。

どういう家に住むかどうかは、お金持ちかどうかはあまり関係がない。センスや発想の問題だ。お金があっても、機能的で使い勝手のいい家に泊まったことがなければ、自分が家を建てるときに機能的な家にしようと思いつかない。テレビや映画でアメリカの家を見たことがあっても、実際に使ったことがなければ見た目や雰囲気だけしか取り入れない。

1990年代と比べて最近の日本の住宅は、機能性は高まってきたとは感じる。ウォークインクローゼットのついた家もかなり一般的になってきた。パントリーがある間取りはまだ少ないが、徐々に増えてきているように感じる。

パントリーが広まったら、次はプールや、ビリヤードやフルスボールで遊ぶためのプレイルームのある家も増えてくるかもしれない。プレイルームがあると、豊かな余裕のある生活をしている気分になれ、幸せ度がとても上がる。ゲームで人をもてなすことができるので、家が人を惹きつけ、孤立を防ぐことにも繋がると思う。

アメリカではよく家に人を呼ぶ。ホームパーティを開いたり、気軽に友達が訪ねてきたり、来客を泊めたり、家が社会的に開かれている。ゲストルームやソファベッドのある家も多い。日本の家は専ら自分や家族が生活するために造られていることが多い。部屋数の多い家でも、ゲストルームやソファベッドを準備してない家は多い。

アメリカで沢山のホームパーティに行ったことで、私の住宅に対する考え方は大きく変わった。家の間取りを機能別に分けると生活が効率的になり、人を呼べる家にすると社会との繋がりが充実し、人生全体の質も、幸福度も上がるということを知った。住宅の大切さを学んだことは、私がアメリカ留学で得た最も大きな収穫だ。

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