記憶は点と点の繋がり

介護

老人ホームにいる母を1週間ぶりに訪ねた。会ってすぐ「あたしが誰だかわかる?」と聞いたら、「えーっと、、、」と言いながら一生懸命思い出そうとするが出てこない。待ちきれず、私から「娘だよ」と教えたら、母に「そう?よくここに入れたね」と言われた。まるで今日が初めての訪問のような反応だが、ここには週に2〜3回来ている。今回は少し間が空いて1週間ぶりとなった。1週間空いたら、これまで私が訪ねてきた時の記憶がなくなっていた。

母に自宅の写真を見せて、「何の写真かわかる?」と聞いてみた。母は少し考えてから、「あたしの家。今朝家からここに来た。」と答えた。この施設に入居したのは2ヶ月前だが、今朝来たと思っている。「そうだね。今日来たね。」と合わせて回答した。ここで「いや、ここに来たのはもう2ヶ月前だよ」と正すメリットは何もない。母が自分の記憶に自信を失い、不安になるだけだ。

家を思い出したら、連鎖して私のことも思い出したらしく、「家にあたしが居なくても大丈夫?ちゃんと戸締りしてある?」と聞いてきた。私が「大丈夫だよ」と答えると、母は「家にあたしがいると却って大変か」とぼそっと言った。母の介護が私の負担になっていると案じていた時の感情も蘇ったようだ。

母の在宅介護をしていた頃、母のトイレや入浴介助している時に、母はよく私に「あたしがいると大変だね」と言っていた。その一方で、時々、私に「実家に住んでると、何かと便利でいいでしょ」と言うこともあった。母の中では、私が実家にいることは、総合的に見て私にとってプラスマイナスゼロということになっていた。

しばらくすると、「そろそろ帰らなくちゃ」と言い出した。ここが老人ホームではなく、デイサービスだと思っているようだ。自宅の写真を見て、ここからデイサービスに出かけていたことを思い出したのだ。私は「ご飯食べたら帰ろうね」と母に言った。「ここはデイサービスでなくて、老人ホームだよ。もう帰らないよ」とは言わない。記憶を正すメリットは何もない。母の記憶に寄り添っていれば、母は安心して穏やかに、ここで生活できる。

家の写真から、私のことや、自宅で私に介護されていたこと、その時の感情、デイサービスまで記憶が蘇った。記憶は点で存在していない。点と点が蜘蛛の巣のように繋がって頭の中に格納されている。一つの点を蘇らせたら、次々と他の点も蘇ってくる。

次に母を訪問するときも、何か点を持っていこう。

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