Internations の公式イベントに初めて参加した。会場は港区にある、外資系企業の人々が集まるおしゃれなバー。テーブル席もあったが、ほとんどの参加者は立ったままグラスを片手に会話を楽しんでいた。誰に話しかけてもよく、会話の途中に割り込むのも自然。つまらなければ、飲み物を取りに行くふりをして離れればいい。そんな気軽な雰囲気だった。
到着してすぐ、近くにいたドイツ人男性と話し始めた。数分後には中国人女性が加わり、さらにカナダ人男性も会話に入ってきた。気づけば最初のドイツ人男性はいなくなっていて、また別の人が入ってくる。そんなふうに、次々と相手が入れ替わりながら、いろいろな人と話した。
しかし、ワインを一杯飲み終えた頃、私はふと虚しさを感じ始めた。たくさんの人と話しているのに、どの会話も浅く、似たような内容ばかりだったからだ。
特に気になったのは、誰と話しても最初に必ず「職業は?」と聞かれることだ。この質問が私はあまり好きではない。もうすぐ引退する私にとって、職業はもはやアイデンティティの中心ではない。仕事で私を認識されても、次に会う頃には違う私になっている。もっと長く続く特徴で覚えてほしいと思うが、初対面でいきなりプライベートなことを聞くのも難しい。相手のことを知らなければ、職業以外の質問も思いつかない。だから結局、まず職業を聞く流れになるのは理解できる。
とはいえ、3〜4人続けて同じ質問をされ、同じ話を繰り返しているうちに、私は会場を出ることにした。
以前は、外国人と話すのがもっと楽しかった。職業をきっかけにした会話の中にも、日本人とは違う価値観や考え方があり、新鮮な驚きがあった。しかし今は、外国人と話しても、なかなか新しい発見がない。外国人との交流を重ね、海外の YouTube もたくさん見てきたせいか、聞いたことのある話ばかりになってしまった。
かつては、いつか海外に住む可能性や、外国人パートナーと暮らす可能性も考えていた。そのために積極的に海外の文化や価値観を知ろうとしていた。しかし今は、老後は日本で過ごすと決めている。母の介護を経験し、終の住処を母国以外にするのは大変だと痛感したからだ。
年齢を重ねれば、医療や介護、福祉サービスが欠かせなくなる。外国では、保険の問題や公的サービスの対象外になる可能性もある。保証人がいないことで民間サービスを受けられないこともあるかもしれない。
さらに、もし認知症になれば、言葉や文字を忘れていく。大人になってから覚えた外国語は、母国語より先に失われるだろう。海外で暮らし、その国の言葉が話せなくなったら、病気の症状も助けを求める言葉も伝えられない。
こうした不安から、私は老後を日本で過ごすと決めた。そしてこれからは、日本での人とのつながりやコミュニティを築いていきたいと思っている。
外国人が多く集まるパーティを楽しめなくなったのは、そこに行く目的がなくなったからなのだ。

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